谷川俊太郎さんの詩から学ぶ 効果的な書き方 (10) 彫刻のような詩

男は水平線を背にして
瓦礫を踏んで裸で立っている
落ち着いた面持ちだ何も持っていない
私と何の関りもない男だ
どうしようかと思う
敵にしたくはないが
友人にするものうっとうしい

詩集『ミライノコドモ』谷川俊太郎著p.10より

この謎めいた男の正体はなんでしょう?

詩集を手に入れて読んでも、答えはありません。
「よそ者」という28行の1分くらいで読める詩です。「よそ者」である筆者(谷川さん?)が男を描写して、最後は、

夜になった
心々に眠るしかないのか
瓦礫の上で

と言って寝て終わりです。

男と会話することもなく、特別な出来事が起こるわけでもありません。知人のことや政治的なことを暗示させているようでもありません。男がただ描写されて、その印象が後に残るだけです。

小説や映画でこのような謎めいた男を登場させたら、そのまま放置することは許されません。ストーリーの中で何かしら重要な役割を果たしてもらわなければなりません。

詩では、謎は解き明かされなくてもOKなようです。

この詩のような作品のあり方は、彫刻に近いように思います。

彫刻家は、背景となる木や街や部屋の様子を考えなくて済みます。

登場人物がどういう経歴で、これからどうなっていくのかも、考える必要はありません。

謎の男は、ただそこに存在するだけでいいのです。

彫刻家は、男を存在させるためだけに、創作のすべてのエネルギーを、そそぐことができます。

その男の描写が読書の興味を惹かなければ、彫刻の前を素通りされるように、1分で流し読みされて二度と読み返されることは無いでしょう。

その男に読者が惹かれたら、もう一度精読してくれるかもしれません。

その男に特別なものを感じ、衝撃のようなものを受けたなら、彫刻の前で動けなくなるように、繰り返し読みかえされ、暗唱されて、男の残像がいつまでの頭のどこかに生きるかもしれません。