『響』の新鮮さは、少女漫画と少年漫画の要素が融合されているところから来る

 NHKの『100分 de 名著』で『赤毛のアン』が紹介されていて、興味がわいたので読んでみた。話に引き込まれて、一気に読んでしまった。
 現代の少女漫画の原型的な要素がたくさん入っていると感じた。

・主人公の少女は、不幸な家庭環境で育った。
・そのせいで常識や道徳感がずれているが、それが魅力にもなっている。
・彼女は、ある分野でのずば抜けた才能を持っていて、成長するにつれて、その才能が開花していく。
・親友がいる。
・少女のよき理解者である大人が一人いる。
・理不尽な大人に攻撃されるが、やがて彼女のひたむきさにうたれて、和解し、良好な関係になり、強い味方になる。
・主人公の少女は容姿や性格にコンプレックスを持っている。
・他の女子たちに人気のある男子Aと恋愛関係になる。
・男子Aは積極的で素直な好意をしめしてくるが、主人公の少女は恋愛に不器用で、うまく気持ちを表現できず、関係がなかなか発展しない。
・男子Aの方はいちずにずっと彼女を思い続ける。
・主人公の少女に好意を寄せる別の男子Bが登場する。男子Bは恋愛対象としてのスペックが高く、少女は逃げるように男子Bと付き合うようになる。
・男子Bは良い人なのだが、本当に好きなのは男子Aの方だと気づく。
・最後に、恋愛がうまくいくか、うまくいくきざしを見せて物語が終わる。

 ところで、映画化されて今話題になっている『響』も、これに似た要素を多く持っている。しかし、ところどころでこの構造を逸脱していて、その逸脱に新しさを感じる。
・主人公の響の家庭環境は不幸ではない。一般的なサラリーマンと専業主婦で、好感の持てる両親だ。
・主人公の少女の才能は、登場したはじめから圧倒的に開花してしまっている。物語の序盤で、最終目標といえるような最大の成果を簡単に達成してしまっている。
・主人公の少女は、自分にコンプレックスを持っていない。自信に満ちている。
・男子Bは今のところ登場していない。

 『響』の主人公は少女だが、その在り方は、少年漫画のヒーローに近いと思う。そういえば、掲載されているのは、男性漫画誌のスペリオールだった。
 『響』の新鮮さは、少女漫画と少年漫画の要素が融合されてているところから来るのだと思う。