谷川俊太郎さんの詩から学ぶ 効果的な書き方 (17) 少ない語彙

 慣用句や常套句を知らない子供が、少ない語彙を使ってなんとかして伝えようとする時に、かえってそのものズバリを言い当てるような、鋭くて新鮮な言葉が出てくることがあると思います。でもそれはもちろん偶然の産物で、確率的にはめったに起こるものではありません。
 しかし、谷川さんは大人で、しかも言葉のプロなので、意図してねらって、鋭くて新鮮な言葉を量産できるのだと思います。
 例えば「チチのこいびと」という詩では、娘が父親の愛人に対して抱く気持ちについて書かれていますが、「憎い」「かわいそう」「あわれに思う」「きのどくに思う」「ふびんに思う」「みじめに思う」……といった常套句は出てきません。

わたしはハハとふたりで
せんたくものをほしています
チチのこいびとはひとりで
なにをしているのかな
おひさまはあたたかいけど
わたしのこころはすこし
ひんやりしています
『バウムクーヘン』p.41

 この「ひんやりしています」は、「わたし」の設定や状況に感情移入して浮かんだ気持ちを、常套句から逃げながら、なるべく正直に率直に伝えようとした、これしかないピッタリな言葉だと思います。(「おひさまはあたたかいけど」に比喩的にかかっているので、ちょとずるいですが……)
 一般的に、語彙をたくさん知れば知るほど、豊かで正確な表現が可能になると考えられていますが、谷川さんの詩を読むと、そうとは言い切れなくなってきます。