谷川俊太郎さんの詩から学ぶ 効果的な書き方 (19) 事実を書くときは時間をおく

その日から三十年余が過ぎた
別れたひとはもうこの世にいない
哀しみにくるまれていた歓びの思い出
束の間へと切り刻まれる永遠
『谷川俊太郎.com』「こぼれる」より

 これは、奥さんと別れた時のことが書かれた詩だと思われます。
 30年以上前のことを、なぜ今書こうと思ったのでしょう?
 谷川さんは、たくさん詩を書いているのに、なぜ今までこのことについて書かなかったのでしょう?
 別れると決めた日に、「眼が涙でかすんできて車を止めた」という状態になるほど大きな出来事であったのに。
 書こうとしたけど、納得のいくものにならなかったのでしょうか?
 それとも、別れた奥さんや子供さんたちのことを気づかって、封印していたのでしょうか?

 この詩を読むと、谷川さんが道路わきに車を止めて涙を流している映像が思い浮かびました。奥さんや子供たちとの幸せな時間、平穏な時間、そして不幸な悲しい時間……。たくさんの時間が凝縮されているのを感じました。具体的な出来事については何も分かりませんが、長編小説を読んだ後のように、その凝縮された時間のすべてを理解している気持ちになっていました。

 18行の短い詩ですが、構成が巧みに組み立てられているからだと思います。
 1行目から12行目までは、30年前の情景が書かれています。
 そして、引用させてもらった、13行目から16行目までは、現在に場面転回しています。別れた奥さんはもう亡くなっていて、冷静に過去の出来事を分析しています。そして最後に格言かキャッチコピーのような、総括的なことばで締めくくられます。

 人生は言葉からこぼれ続ける
 物語も劇も置き去りにして

 奥さんとの別れという個人的な出来事が、「人生」についての新たな発見にまでたどり着いています。 
 このようなドラマチックな構成は、30年たって、しがらみや悲しみから解放された今だからこそ、書けたのではないでしょうか?
 30年前のまだ出来事の渦中にいる状態で書かれたとしたら、どんな詩になっていたのでしょうか? そっちも読んでみたい気がしますが……。