片根伊六 帳

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受動的な紳士

             

せつなくて苦しいので、ぼくは拘束されていると気づいたのです。――ぼくは蒲団を蹴飛ばして跳ね起きました。そして静かな黒い廊下を、行ったり来たりしていました。

(ああ。雑煮を食べ過ぎた時の感じだ。でも我慢しなければ。ぼくは紳士的な人物なのだ。ぼくは図々しくしてはならない。どうにかしてこの、銀色夏生的な感情を、人目に触れることなく処理しなければ……)

ぼくは何かに向かって、濃密な内容を送り続けました。日本語圏の紳士淑女の0.0001パーセントにしか通じない、特別な暗号を使って。誰にも分からないように。――でも誰かが分かるかもしれないように。

(ああ。腕がヘンだ。軽石みたいだ。手首の動きもままならない。お腹が重い。石を詰められたオオカミの気分がわかる。ああ。早く朝になるといい。そしたら散歩に出かけよう。軽く美味しいものを食べて、良いコーヒーを飲みたい……)

ぼくは時間が経過するのを、待つしかありませんでした。紳士はいつだって受動的なものなのです。紳士に決定権はありません。――ぼくは待つしかありませんでした。

(でも、彼女のほうも淑女なのだとしたら?)      

「ちょっと妙でちょっと魅力のある一編です。「石を詰められたオオカミの気分」なんて上手です。声高に民衆を煽動する類とは反対の極にある言葉づかいで、ややナルシスティックな感じを否めませんが、終わりにオチがついていて、ある完成度は認めます。」 川崎洋「詩の教室」『ミッドナイトプレス/2000.春』p96。