のぼり電車に乗ろうとして待っていると、いつの間にかお祖母ちゃんが、くだり電車に乗ってしまっています。
「お祖母ちゃん、違うよ、こっちに来るやつだよ、早く降りないと、早く、早く」
お祖母ちゃんは、むこうを向いたまま、じっと動きません。
プシューといって、ドアが閉まり始めました。 僕は反射的に肩を入れて、ガツンとドアに挟ませました。安全装置が作動して、ドアが開きました。
何線なのかも分かりません。 白が基調で重厚な感じです。 新幹線を、普通電車として再利用しているのだと思います。 ちゃんと吊革もならんでいます。
電車は、暗いトーンの寒々とした海沿いを走っています。 岩が、波か雨に濡れて黒くなっています。 鋭角的に、ごつごつしています。
裸足で岩の上に登っているところを想像すると、脚の裏に痛みを感じました。 そして、この海が日本海なのだと気づきました。
お祖母ちゃんは横で、声を押し殺して泣いています。 どうしたのでしょう? 何か思い出したのでしょうか? それとも、僕がまだ怒っていると思っているのでしょうか? なにか声をかけてあげようと思うのですが、なんとなく何も言えません。 僕は気づいてない振りをして、窓の外をじっと、見つめていました。
しばらくして、ちらっと横を見ると、お祖母ちゃんが居ません。 辺りを見まわしてみても、どこにも居ません。 そして、ふと下を見ると、僕は両掌で大事そうに、すこし大きめの卵を持っていました。
その中にお祖母ちゃんが居るのだと分かりました。
目の前にかかげて至近距離で見ていると、中から、押し殺した泣き声が聞こえてきます。 しばらくぼーっと見ていたのですが、ふと気づいて、アッと思いました。 このままでは卵の中が涙でいっぱいになって、お祖母ちゃんが溺れてしまいます。
少しでも殻にキズをつけると中の人間は死んでしまいますので、卵を割って助けることはできません。 窓の外を見つめながら集中しようとするのですが、頭がオロオロして、何も考えることが出来ません。
どうすることも出来ません……
僕はそっと、シルバーシートの隅に、卵を置きました。 そして、もうそちらを見ないようにして、ずっと、うつむいたままでいました。
『詩学/2001.10』