文体練習

片根伊六(かたねいろく)による、詩、物語、小説、エッセイなどを掲載しています。

かれこれ二時間は歩き続けていた。

            かれこれ二時間は歩き続けていた。

井の頭公園の森の中を歩きまわっているうちに、いつのまにか遊歩道からそれてしまい、けもの道のような薄暗い小径に迷いこんでいた。交通量の多い公園通りから一〇〇メートルも離れていないはずなのに、人気がなく、しーんとして、野鳥の鳴き声がくっきりと聞こえていた。 しばらく歩き続けると、森の中にぽっかりと円柱状に切り取られた広場にでた。ベンチがその空間を取り囲むように七、八脚あって、そのうちの二つに、ホームレスが横になっていた。黒のスエットの上下を着た四〇才くらいの男は、くしゃくしゃになった新聞を読んでいる。もう一人の六〇くらいの老人は、仰向けになって、円形の空のどこか一点を見つめている。濃くて暗い、蒼い空だった。 玉川上水ぞいに出ると少しスピードをゆるめた。万助橋に辿り着いた。そのまま真っ直ぐ行くと太宰治が自殺した場所があるが、左に曲がって、吉祥寺通りぞいを北に向かった。 いつの間にか斜め上に現れていた白い朝日に照らされて、テニスコートが、薄い透明な青に輝いていた。 そこから駅の方へ引き返した。 ほとんど車は通っていないが、ときおり、見ていて恐くなるような危険なスピードで通り去っていく車があった。 昼間とはぜんぜん雰囲気が違う、のっぺらぼうのパルコの前を通り過ぎて駅前までくると、カラスが低空飛行で僕の頭上、1メートルくらいのところを横切っていった。カラスが人間を襲うことは無いと分かっていながら、やはりあの攻撃的な容姿は恐かった。駅から出てきた中学生くらいの男の子たちは、慣れてるらしく、気にせずに話し続けながらアーケードの中に入って行った。 サンロードには入らずに、吉祥寺大通りを通っていると、三〇人ほどの紺のジャージを着た女子高生の集団が追い抜いていった。映画館のエントランスに入ってやり過ごした。 デニーズには、順番待ちの人達が表にまで列んでいた。禁煙席の方は空いていて、四人がけのテーブルに一人で座って文庫本を読んだりしているのに、喫煙席の方は一人分の空席もないほどに、びっしりと詰まっていた。 五日市街道を渡ると、急に純粋な住宅街に変わった。純粋に、主婦と子供と老人のための環境だった。道路一歩隔てたすぐ向こうには、アーケードやデパートや飲食店の雑居ビル、それにソープランドやテレクラなどもある。 毛細血管のように入り組んでいる細い路地の一つに入って行った。そして五〇メートルほど歩いたところで、コンックリートブロック塀の切れ目の中に入っていった。 その中には古い木造二階建てのアパートがあった。 僕は一番手前の一〇一号室の扉にカギを入れた。 ジャンパーを脱いで、テーブルの上に放り投げ、そのまま明かりもつけずに寝転がった。