片根伊六 帳

[ かたねいろく ]  コメントはWEBページに表示されず、管理者のみに送信されます。

僕の目と耳を使って

            わたしたちの祖先が

「神は存在しない」 と認めたように

わたしたちも 勇気をもって 認めよう

「わたしたちは存在しない」 と

わたしたち70億人の こころの中に 魂なんてものは 存在しないと

わたしたちのこころは さまざまな情報の 演算結果にすぎない

五感 第六感 記憶 本能 感情 嗜好 体の状態に関する信号

さまざまな情報の溜まりのなかで 瞬間瞬間に出された結果一つ一つが 映画のフィルムのように 生きている間ずっと 流れ続けているのだ

それがわたしたとの こころの 正体だ

わたしという媒体の中で 恋愛や 家族愛や 立身出世の 物語が流れていて

その中に実在し 生きているように 感じられる

鉄腕アトムは自己意識をもっていた

わたしも自己意識をもっている

わたしは 自己意識をもった 生体だ


<初稿>

僕の目と耳を使って、この目の前の光景をありありと感じているのは、誰だ? これを美しいと思ったり、面白いと思ったり、切ないと思ったり、懐かしいと思ったりしているのは、誰だ? 何だ? それは、僕の中の奥深くの上の方いる。 それは、間違いなく、確実に存在しているように感じられる。

それが、僕だとしたら、客観的に考えて、科学的に考えて、ごく普通に考えて、おそらく僕は存在しない。

冷静に考えれば、誰だって気づくはずだ。

僕らの中の奥深くに、そんな神秘的な存在が居るはずがない。

神話の世界を信じない僕たち現代人が、自分の中の神秘的な存在を信じているのは、やっぱり自分がかわいいからだ。

自分たち人間だけが、他の生物と違って、神秘的な存在なのだと、思こんでいたいのだ。

このおびただしい数のヒトの中に、そんな神秘的なものが、一つ一つ宿っているなんてことは、普通に考えて、ありえない。

僕の中にいるそれは、さまざまな情報の演算の連続のようなものだ。

五感、第六感、記憶、本能、感情、嗜好、体の状態に関する信号など、さまざまな情報の溜まりのなかで、ある種の数式によって、瞬間瞬間に出された結果一つ一つが、映画のフィルムのように、生きている間ずっと、流れ続けているのだ。

僕という媒体の中で、恋愛や、家族愛や、立身出世やなんかの物語が流れていて、その中に実在し、生きているように感じられるが、本当は、情報処理結果のフィルムの1枚1枚が、高速で回っているにすぎない。

つまり、僕は存在しないし、あなたも存在しない。

この事を認めたからって、僕たちは、問題なく「生きて」いける。

昔、僕たちの祖先が、「神様は存在しない」と勇気を持って認めた後も、人間は「生きて」いけてるのだから。