文体練習

片根伊六(かたねいろく)による、詩、物語、小説、エッセイなどを掲載しています。

そうじは人間のエゴかもしれない。

            そうじは人間のエゴかもしれない。

ゴミ=汚いもの、あってはならないもの、諸悪の根源 ではないのに、 「ゴミ」を必要以上にさげすんでいる。

まだ使えるけど飽きたからとか 壊れて修理するのがめんどくさいとか 古くなったとかも

そんなものがまだ周りにあって空間を占有しているのが うっとうしいのだ。

「あなたは我が社にとって、もう必要なくなりました。  今月いっぱいで、もう来ないで下さい」 というのに似ているのだ。

だから、「捨てる技術」とかの掃除の本を読むと 冷酷な感じがただようのだ。

「ホコリさん、これまで僕らの服や布団の一部として  がんばってくれてありがとう。  あなたのおかげで、冬も寒くなくて助かりました。」 とか 「大根の皮さん、トマトのへたさん、魚の骨さん  腐敗してしまう前に、コンポストに入れます。  これからは肥料としてがんばって下さいね」 とか そういう感性を持っている人もいる可能性がある。

エコロジーの起源は、そういう感性かもしれない。

エコロジーで悟りをひらくというのはそういうことなの かもしれない。

「豆腐の容器さん、一回プラスチックのチップになって  何か他の製品になって、新しい人生をすごしてください」とか

「広告の紙さん、次はトイレットペーパーか再生紙かなんかになって  また僕のところに戻ってきてください」とか

そういう擬人化なのだ。