文体練習

片根伊六(かたねいろく)による、詩、物語、小説、エッセイなどを掲載しています。

谷川俊太郎さんの詩から学ぶ 効果的な書き方 (2) 直喩

さらけ出そうとするんですが
さらけ出した瞬間に別物になってしまいます
太陽にさらされた吸血鬼といったところ
魂の中の言葉は空気にふれた言葉とは
似ても似つかなぬもののようです

詩集『続・谷川俊太郎詩集』谷川俊太郎著p..74-75より

 超訳すると、「自分の頭の中にある秘められたものを、正直に文章にしようとするのだけれど、書いてみるとちゃんと伝わっていないと感じる」といった内容だと思います。
 三行目の直喩の部分をはぶいても、文章としては成り立ちます。

さらけ出そうとするんですが
さらけ出した瞬間に別物になってしまいます
魂の中の言葉は空気にふれた言葉とは
似ても似つかなぬもののようです

 二つを比べてみると、三行目の「太陽にさらされた吸血鬼といったところ」という一行の直喩が入ることで、イメージが飛躍的に膨らんでいると感じます。

 「魂の中の言葉を活字として取り出す」ことと、「吸血鬼を昼間の屋敷の外に出す」ことを結びつけることで、私たちの多くが持っている吸血鬼のお話や映画の映像などを、すべて導き入れることができるのです。

 人それぞれ感じ方が違うと言えばそれまですが、例えば、次のように感じることも出来るのではないでしょうか?

「谷川さんにとって魂の中の言葉とは、吸血鬼のように人を傷つけることもありうる、危険なものなのかな」
「谷川さんの魂の中は、吸血鬼の屋敷のように、暗くて、得体の知れないものが潜んでいるような空間なのかな。恐いけど、とても興味がある」
「ぼくの魂の中にも、深く潜って探せば、吸血鬼のような言葉が潜んでいるのだろうか?」
「その吸血鬼のような言葉は、谷川さんをもってしても、取り出すのが難しいものなんだな」


 このように、イメージを豊かに膨らませる比喩はどうやったら思いつくのでしょうか?
 外に出すと台無しになるといったことを伝えるためなら、例えば次のような比喩もなりたちます。

「太陽にさらされたアイスクリームといったところ」
「太陽にさらされたコーラかビールといったところ」
「太陽にさらされたモグラといったところ」
 あるいは、
「物語から抜け出した主人公」
「ショーケースから取り出したショートケーキ」

「リングから降りたボクサー」
「土俵の上にいない相撲取り」

 一所懸命にいろいろと考えてみても、どれもこれもダメだと感じます。仮に、上手くいって、面白い比喩や、ウィットに富んだ比喩になったとしても、それでは意味がないのだと思います。
 「さらけ出そうとする」とまさに言っている通り、まだ誰にも話したことのない自分だけの秘密を「さらす」ような比喩になっていないとダメなのです。
 谷川さんにとって自分の「魂の中の言葉」は、吸血鬼のように、人を傷つける、狂暴で邪悪なものなのかもしれません。そういった負い目のようなものが、比喩にすることによって、太陽にさらせれずに、生々しく伝わる気がします。
 「僕の魂の言葉は吸血鬼のようなものなんだ」なんて言うと、白けてしまいますが、比喩的に、さらっと残像を残すように、「意図されずに、本質が垣間見えた」とっいった感じで伝わることで、より真実らしさが生まれるように思います。