文体練習

片根伊六(かたねいろく)による、詩、物語、小説、エッセイなどを掲載しています。

谷川俊太郎さんの詩から学ぶ 効果的な書き方 (7) 制限を設定

            <strong>世界が私を愛してくれるので

(むごい仕方でまた時に やさしい仕方で) 私はいつまでも孤りでいられる

私に始めてひとりのひとが与えられた時にも 私はただ世界の物音ばかりを聴いていた 私には単純な悲しみ喜びだけが明らかだ 私はいつも世界のものだから

空に樹にひとに 私は自らを投げかける やがて世界の豊かさそのものとなるために

……私はひとを呼ぶ すると世界がふり向く そして私がいなくなる

詩集『続続・谷川俊太郎詩集』谷川俊太郎著p.64

これは、『六十二のソネット』という詩集の中に入っている詩です。この詩集の中の詩はすべて、4行+4行+3行+3行の合計14行で書かれています。 (ソネット:14行からなるヨーロッパの定型詩

谷川俊太郎さんの詩から学ぶ 効果的な書き方 (4)」でふれたように、自由自在な谷川さんが、なぜこのような制限の強い形式で、1冊まるごと62もの詩を作ったのでしょう?

その意図は本人に聞かないと分かりませんが、他の多くの谷川さんの詩に比べて、正統派的というか、王道的というか、かっちりした印象です。ヨーロッパの由緒ある詩を日本語訳にしたような、格調高い文体です。 ユーモアの要素はまったくありません。「愛」「自然」「生」「死」といった永遠のテーマについて、真っ向勝負で書いているという感じがします。 甘い部分がなく、隙のない、密度の濃い言葉で詩全体に緊張感があると感じます。

制限があるからこそ、集中力が増すということもあるのではないでしょうか? 詩の長さはどれくらいにするかとか、改行や行空けでリズムをどう作るかとか……、様々な要素を考えなくて良い分、一行一行、単語一つ一つに集中できるのではないでしょうか?

また、制限を設定することは、マンネリ化していると感じる時に、そこから抜け出すのに有効かもしれません。たくさん書いていると、良くも悪くも自分らしいスタイルが出来てくると思います。そして、いつも同じようなテーマ、文体、リズム、雰囲気になってしまうものだと思いますので。

「自由に遊んでいいよ」と言われても、けっきょくいつもと同じ場所で、同じように遊んでしまう。「自由に何でも買っていいよ」と言われても、けっきょくいつもと同じコンビニで、同じ弁当を買ってしまう。そんな状況になっているとしたら、例えば、「今日は高円寺で遊んでください。お小遣いは5千円で。」と言われた方が、面白い遊び方ができるかもしれません。

制限はソネットだとか、短歌だとか、漢詩だとか、既存のものにこだわらず、自分がノリノリで書けるようなものを、自由に選んだり作ったりしていいではないでしょうか? ラップ調にするとか、好きな歌のメロディーに替歌のようにのせるとか、テーマの決まったコンテストに応募するとか、1行20字×5行の100文字で書くとか…。

ところで、引用させて頂いた詩についてですが、20歳前半の自分の才能を確信している自信に満ちた谷川さんの、生々しい言葉になっていると思います。つたない超訳ですが、こんなことを言っているのではないでしょうか?

私は世界(神)に選ばれた存在なので (それは時に辛く 時に幸せなことだ) 一人きりでいることを許されている

はじめて愛する人ができた時にも 私はただ世界のことばかり考えていた 私にとって悲しみも喜びも単純なものだ 私だけが世界を理解している

空や樹や人について 私は全身全霊で探求する そして世界の豊かさすべてを知り尽くす

……私が語ると 世界が振り向いて注目するだろう しかしその時に、私はもうそこに居ない

茶化したり、はぐらかしたりしないで、これほどの事を言ってのけることが出来たのは、ソネットという形式で、格調高い文体で書き切るという設定があったからではないでしょうか?