「ぞうさん」のまどさんは、コピーライターのような態度

『まど・みちお詩集(谷川俊太郎編)』の中に、「魚を食べる」というエッセイがある。20代後半に書かれたもので、童謡「ぞうさん」と同じ人とは思えない、知的な論文調の文章だった。こんなふうだ。

「また、同じく焚いた魚の中にも骨離れのいいのとそうでないのがあるが、極めて骨離れのいいのは、一箸ごとに背骨を中心とした幾何学的な美しさが皿一面に展開され、シュール・レアリスムの絵画でも見ている時のように、自分自身の体が水晶質になりそうなよりどころのないエスプリに眩惑されてしまうこともある。」p.252

 その内容自体も面白かったが、「ぞうさん」とのギャップがとても興味深い。
 「ぞうさん」の極限まで単純化されたものとは対照的に、様々な魚料理について、細かく描写して、それに対する自分の感じ方を、じっくりと深く、文字数が多くなるのを気にせずに、つれづれと書いている。

 「魚を食べる」のまどさんが、「ぞうさん」のまどさんが、同一人格だとすると、「ぞうさん」を書く時のまどさんは、コンセプトを極限まで突き詰めるコピーライターのような態度になっていたのではないだろうか?
 自己表現はいっさい棄てて、純粋に子供をマーケティングターゲットにした商品を作る感覚で。